【古典・名著】岩波文庫の人気おすすめ本を紹介【青本・白本の名著】
豊かな生活には教養が欠かせないと私は思っています。
今回は「岩波文庫の青本または白本」の紹介です。
岩波文庫は、帯によってジャンルが決まっていて、青い帯(青本)は哲学や思想、白い帯は政治経済社会に関する本です。(赤が海外文学、黄色が日本の古典文学、緑が日本の近現代文学)
「教養」と言えば岩波文庫ですよね。
読書とは自由であるべきだと思いますが、毎年山ほど出版される薄っぺらい本よりも、しっかりと歴史に根を張る古典・名著を読んだほうが、時間を無駄にせずに済むと思います。
実は私、これでも大学時代の専攻は哲学でした。
カントの『純粋理性批判』とかヘーゲルの『精神現象学』のような超難解な書物は、たぶん意味がわからないので、素人が手を出すのは危険です。
でも、事前知識無しで読める名著も岩波にはたくさんあります。
今回は、岩波の青と白、つまり哲学や社会系の分野で、おすすめできる良書を紹介していきます。
今回はちょっと「IQ高め(←この言い方は頭が悪いけど)」の内容です。
プラトン『国家』
現在にまで続くヨーロッパ哲学の原点とも言える書物です。
「全西洋の哲学はプラトンの脚注にすぎない」とイギリスの哲学者のホワイトヘッドは言いましたが、プラトンの議論に付け足すような形で、これ以降の哲学が論じられてきたのです。
それくらい、革新的な哲学の問題を捉えています。
一方で、読みにくい本ではまったくありません。「対話篇」という形式で書かれていて、ようするに人の会話で進んでいきます。
基本的には、ソクラテスが相手を完全論破したり、相手を説得していく物語です。
「対話(篇)」と言っても、ほとんどソクラテスの独壇場なんですけどね(笑)
プラトンは、師であるソクラテスに語らせるような形で、自分の考えを述べたのです。
これを読むと、哲学への入り口がとても入りやすいものであることがわかると思います。誰もが関心を持つようなことが論じられているからです。
「イデア論」や「3つの徳」など、プラトンのキーコンセプトがたくさん詰まっているので、プラトンの著書の中でも『国家』は一番読むべき本だと思います。
「理想の国家」が語られていて、これを引き合いに現代の様々な問題を考えることもできます。
哲学の原点でありながら、ここまで読みやすい哲学書も他にないでしょう。
あるいは、原点だからこそ簡単だったのです。
プラトンを出発点として哲学はどんどん厳密に、難しくなっていったのだとも言えるかもしれません。
いずれにしろ、プラトンを読んだことがなければ、それ以降の哲学書の理解も十分ではなくなってしまうと思います。(なにせどれもプラトンを踏まえて書かれているので。)
教養を身に着けたいのであれば、まず読むべき本の筆頭です。
アリストテレス『ニコマコス倫理学』
アリストテレス、プラトン、と同じ「ギリシャ哲学」の名著です。
「ニコマコス」とはアリストテレスのお父さんのこと。
プラトンとは別の方向性で、「善」、「正義」、「幸福」、「愛」など、人間にとって本質的な問題を論じています。
直感的に真実を知覚することよりも、経験と習熟を重視し、「中庸の徳」を論じました。
あらゆる対象に対する幅広い知識で、技術(テクネー)、学(エピステーメー)、知慮(フロネーシス)、直知(ヌース)、智慧(ソフィア)などのカテゴリーを整備します。
法学、経済学、工学、医学など、現在に繋がる様々な学問の地ならしをしました。それでいて、「幸福」といった本質的な問題を論じているのです。
時間を経ても読まれる「古典」といったものの凄みを感じることができます。
アリストテレスの質実剛健な知性は、歴史に名だたる哲学者の多くから賞賛されました。
プラトンほど読みやすい本ではありませんが、本物の教養人を目指すのであれば必ず読んでおきたい本です。
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デカルト『方法序説』
「我思う故に我あり」というのは、哲学史上最も有名なフレーズかもしれませんが、デカルトが本書『方法序説』で達した結論のことです。
論理体系から自己の実存を規定するという、当時としてはある種非常にアクロバティックな発想をしている名著です。
実は岩波文庫として出版され読まれている『方法序説』は、一冊の本ではなく、デカルトの超大な研究の「序文」という位置づけなのです。
デカルトは、「デカルト座標」などの生みの親である数学者でもあり、現代の「科学」の基礎となる「合理」を打ち立てた人物です。
「心身二元論」などが現在によって否定されているデカルトですが、後世からの批判が馬鹿馬鹿しくなるほどに圧倒的に誠実な知性をここに感じることができます。
実際に『方法序説』を読んでみると、端正を極めたようなわかりやすく過不足の無い文章に、感動すら覚えるでしょう。
短くて読みやすいので、「たまには難しい本を読みたい」という気分の人にもおすすめです。
最近は岩波文庫でも、人気のものはKindle版が出版されるようになりましたね。(はやく全部Kindle対応してほしいです。)
ルソー『社会契約論』
ホッブズ・ロック・ルソーは高校の教科書に載っているので、多くの人が名前を知っていると思います。
ホッブズとロックはともかく、ルソーの著書はしっかりと自分で読んでおいて損はないと私は思います。
現在の社会や政治のあり方を語る上でも、最も重要な古典の一つであることは間違いないです。
自由でバラバラな個人が、最善の「国家」を維持していくには一体何が必要なのか?
徹底的な考察と、非凡な発想によって、その一つの理想像が示されています。
ルソーの提示した「一般意志」に対してどのような意見を持つにせよ、自分の目で読んで自分の頭で考えることこそが、真っ当な大人の義務であると思います。
ニーチェ『善悪の彼岸』
キリスト教を批判し、ルサンチマンを咎め、信仰や常識に縛られた人たちの欺瞞を尽く暴き出し、力強く生きていくことを説くニーチェ。
私の大好きな哲学者の一人です。
「善」とは何か、「悪」とは何か、それらの彼岸はどこにあるのか?
ニーチェのあまりにも過激で、挑発的で、自尊心が高く、そして誰にも惑わされない思考の力強さには、読めば読むほど「生きる勇気」を貰えます。
ニーチェ自身は、自分自身の思考の凄まじさに飲み込まれ、最期は廃人になってしまったんですけどね。
言葉と思考の持つ本質的な力強さを感じることができる一冊だと思います。
マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
日本では「プロ倫」と略され、かつては大学生なら誰もが読むような教養書でした。
アメリカや中国・韓国ではそれほどまでに有名な本ではないので、何故か日本では非常に人気があるんですよね。翻訳者の大塚久雄さん等の功績も大きいのかもしれません。
なぜ「資本主義」といった、よく考えれば奇妙なシステムが成立したのか?
当然ながらこの問いは、現在においてますます重要なものになりつつあります。
「禁欲」と「死後の栄光」といった、一見「資本主義」と真反対に見えるようなプロテスタントの倫理観が、逆に資本主義の原動力になったという「視点」が提示されています。
非常に知的好奇心に溢れた本で、純粋に読んでいて面白いです。
人間や宗教への深い理解が滲む文章で、このような「教養」が今の日本の知識層を形作ってきたのだなあと思うと感慨深くなります。(別に皮肉ではありませんよ!)
J.S.ミル『自由論』
「最大多数の最大幸福(ベンサムの用語)」という言葉で有名な「功利主義」ですが、本書はそれを正当化しようとする内容になっています。
誤解による批判を受けがちな本なのですが、本書は、少数者の有用性を説き、多様性を確保すべきと主張します。
もちろん、少数派も「有用であるから」存続させるべきという主張には、疑問が挟まれてしかるべきだと思います。
しかし、徹底的に考えつくした一流の思想家が、そのような結果にたどり着いた過程の試行錯誤にこそ注目すべきでしょう。
「すべての人間を尊重すべき」という超越論的な価値観は、ほとんど何も言っていないに等しいからです。
考えなしに「成果」だけを振り回し、トランプ大統領を誕生させたリベラルは、まずはJ.S.ミルのような真摯さに立ち戻るべきなのではないでしょうか?
ショウペンハウエル『読書について』
アフォリズムが得意な思想家のエッセー集です。なぜか日本でもすごく人気があるみたいです。
表題は「読書について」となっていますが、「読書とは他人にものを考えてもらうことである。一日を多読に費す勤勉な人間は次第に自分でものを考える力を失ってゆく」という、読書家にとって痛いところをいきなりついてきます。
こういう言葉を喜んで受け取るドM(?)こそが、読書家になれる資質なのかもしれませんね。
読みやすく、洞察力に富んでいて、共感したり反発したくなったりと、なかなか良い読書体験が得られます。
読書が好きな方は手にとってみてください。
キルケゴール『死に至る病』
キルケゴールは、「真・善・美」という哲学の最も重要とされる問題よりも、理想と現実の間を揺れ動く人間の意識という問題をあつかっています。
それゆえに、本書は今においてなお多くの人に読まれ続けているのかもしれません。(Amazonのベストセラー1位にもなっています。)
決して読みやすい本ではありませんが、それにもかかわらず、自分にとって重要なことが書いてあるような気がして、読み進めてしまうのです。
本書のタイトルである「死に至る病」とは、「絶望」のことです。
人は理想を持ち、理想の自分を空想しながらも、現実にそうであることはできず、「絶望」してしまいます。
それを克服するにはどうすればいいのか?
本書はキリスト教の影響が強く表れていますが、それを抜きにしても、今を生きる助けになるような処方箋の数々が散見されます。
『新訂 孫子』
こなれた読み下し文になって、ぐんと読みやすくなりました。原文も載っているのがとてもいいですね。
古代中国の兵書で、ようは戦(いくさ)で勝つためのハウツー本です。
しかし、誰もが生死を分かつ戦いに身を投じていた時代に書かれたものですから、気合の入り方が違います。
戦は、人を束ね、自分に命を預けさせ、相手と命がけの戦いをするものです。
時代が違うと言っても、死ぬか生きるかといったところでの人間観察の賜物ですから、ビジネスや私生活の問題に適用できない道理はありません。
真面目に読めば読むほど心が動かされるものがあります。実際に社会に出て働いてみて実感できるような内容も多いです。
下手なビジネス本を手に取るのはやめて、『孫子』を熟読しましょう。
『論語』
孔子とその弟子たちの言行を記録したもので、人生を生きるヒントが詰まっています。
「子曰く」ってやつで、学校の授業でやる人が大半だと思いますが、大人になって読み返してみるとその本当の価値がわかります。
『孫氏』と『論語』は日本人なら必ず読んでおきたい中国古典ですね。(できれば思想書である『孟子』も)
含蓄溢れる本で、読むたびに発見があります。
繰り返し読んだ本を違った視点から読むことができたとき、その本の偉大さに感服すると共に、自分の成長をも実感できるのです。
宮本常一『忘れられた日本人』
「日本人とは何か?」というのは、おそらく明確な答えが出ない問いですが、私達はそれをどここかで頭に置きながら生活しています。
本書は、民俗学者である宮本常一による、文字を持たない村落共同体の人々の調査記録です。
文字を残すことを知らず、忘れされてしまう彼らの姿を書き留めようとした本です。
その時代、その地域において、人は個人としてではなく、ムラという共同体の一部として生きていました。
まるで自分自身が調査するためにムラへ分け入っていくような臨場感のある筆致で、「忘れられてしまった日本人」のことが綴られていきます。
「村寄り合い」や「夜這い」など、近代化の過程で取り払われてしまった生々しい日本人の姿を感じることができるでしょう。そして、かつては私達の大部分がそのようだったのです。
「マスメディア」を通して共有されなかった、本当の日本人の姿です。
坂本龍馬などの偉人に自分を重ね合わせようとする人は多いですが、私達のほとんどは農民だったのです。
こういうことを知っておくことが、日本人にとって大事な教養なのではないかと私は思います。
歴史学者の網野善彦が解説を書いています。
岩波文庫ではありませんが、網野善彦の解説本『宮本常一『忘れらた日本人』を読む』も名著なので、合わせて読むことをおすすめします。
以上になります。
ぶっちゃけて言えば、岩波文庫という時点でどれも一定のクオリティなので(訳文が酷いのはある)、自分がピンと来たものから読んでみるのがいいと思います。
こういう時代だからこそ、しっかりとした教養を身につけて生き延びていきたいです。
最後までお読みいただきありがとうございました!